2008.09.28更新

 こんにちは。昨日、NHKの朝の連ドラ『瞳』が最終回を迎えました。

 当事務所からもほど近い月島、佃が舞台ということもあり、このブログでも、舞台となった場所を5回にわたり、写真入りでご紹介してきました。

 また、場所だけでなく、テーマである家族の再生という内容も共感できるものでしたし、テーマの重さに比べて、役者さんたちのキャラクターもあるのでしょうが、とても明るいドラマでした。

 個人的な効用としては、朝、なかなか起きられなかったのが、『瞳』を見るようになってからは午前8時過ぎには必ず起床するようになり、規則正しい生活を送ることができるようになりました(今更ながらお恥ずかしい話ですが)。

 『瞳』に感謝の気持ちで一杯です。

投稿者: 本山健法律事務所

2008.09.16更新

 先週、私の担当していた刑事事件の裁判がありました。現在、刑事事件はこの1件だけです。
 裁判は4月から行われており、今回で4回目、その日で結審し、次回が判決の言い渡しとなりました。
 事件の詳しいことは避けますが、重大な事犯です。

 刑事裁判は、起訴状朗読と罪状の認否、証拠の取調を行い、検察側が論告求刑、弁護側が最終弁論をして、裁判所が判決をします。論告求刑や最終弁論という のは、検察側、弁護側の意見と考えればよいでしょう。骨子は、検察側の論告は「被告人を厳重に処罰すべき」、弁護側の弁論は「被告人には寛大な刑を科すべ き」との意見になることが多く、それぞれの意見を説得力あるものにするため、さまざまな理由を述べます。

 そこで、本題ですが、当日行われた検察側の論告求刑は、これまでのものとは様変わりした印象を受けました。とてもわかりやすいのです。一文が短く、言葉が平易で、傍聴席で聞いている人にもすんなり理解してもらえる、という内容でした。

 相手を賞賛するのもおかしな話ですが、これはすばらしいことです。

 来年から実施される裁判員制度では、一般の市民が有罪か無罪か、有罪として刑の重さをどうするかをジャッジすることになり、地検が総力を挙げてわかりやすさに努めていることは新聞などでも知っていましたが、そのことを身をもって体験しました。
 
 それに引きかえ、私の最終弁論は、旧態依然の言葉に終始してしまった感があります。たとえば、「改悛の情が顕著」(深く反省しているという意味)、「感 銘力が高度」(懲りているという意味)などの言い回しは、わかりやすい言葉に変えていかなければ裁判員制度には対応できない、と思いました。

 法律相談ではわかりやすさに努めているのですが、裁判でも目指すべき方向は同じようです。

投稿者: 本山健法律事務所

2008.09.05更新

 こんばんは。最近はなかなかブログが更新できず、失礼しております。仕事が忙しいのもあるのですが、正直言いますと、ネタが尽きたというか、書くことがなくなってきてしまいました。
 とはいえ、これからもなるべく更新していきますので、末永くおつきあいいただければ、嬉しく思います。

 最近の事務所の状況ですが、このホームページを開設して以来、1年ちょっとになりますが、いまや取扱い事件の5、6割を労働事件が占めております。ほと んどが労働者側ですが、使用者側からの相談事例もあります。かつては一定割合を占めていたクレサラ事件は数えるほどしかありません。

 労働事件の中でも、今年になってから特徴的なのは、パワハラに関するご相談がとても多いという点です。
 深刻な悩みを抱え、メンタルを病んでしまった方からの相談も多く、何とか問題を解決して差し上げたいと思うのですが、この問題の一番の問題点は、法令の整備がされていないという点です。

 セクハラの問題もかつてはそうでしたが、次第に法令が整備され、いまや、「セクハラは違法だ」といういうのは誰しも疑いなく考えていますが、パワハラもセクハラのように、法令の整備がされれば、今よりも問題解決に近づけると思うのです。

 ただし、どこまでが許されて、どこまでが許されないかという線引きはかなり難しいかもしれません。

 国政の情勢も流動化しつつあり、総選挙も近いようですが、パワハラに関する法整備が早く進むことを祈らずにはいられません。

投稿者: 本山健法律事務所