2011.10.26更新

 今回は都営浅草線宝町駅からのアクセスです。

 この駅は上下線でホームが異なっているたけでなく、改札口も別々のため、出口を間違えると迷ってしまいかねません。
 ここでは、わかりやすさという観点から書きます。

 A1出口から地上に出ます。押上・日本橋方面から来られた場合は改札を抜けて、すぐにA1出口があります。
 横浜・品川・新橋方面から来られた場合は、いったん改札を出て、反対ホーム側への連絡通路を通って、A1出口に出ます。

 地上に出た後は、通り(昭和通り)沿いに次の信号まで歩き、信号のある交差点(新京橋)を左に曲がります。
 銀座ラフィナートという建物の前を通過し、首都高速にかかる橋を渡ると、当事務所はすぐです。

 この駅も深いため、ホームからA1出口に出るまでの階段が長く、地上に出るだけで息切れするときがあります。
 階段を避けようと思うと、エレベータやエスカレーターのある別の出口を利用することになりますが、地上に出てから迷う可能性があり、周辺の地理に不案内の方はA1出口を利用されることをお勧めします。

投稿者: 本山健法律事務所

2011.10.21更新

今回は八丁堀駅からのアクセスを説明します。
前回ブログの地図をご覧下さい。

八丁堀駅は東京メトロ日比谷線、JR京葉線の2線が通っていますが、どちらを利用される場合でもA3出口から地上に出ます。
地図ではA2出口を表示していますが、A3出口です(地図作成時、A3出口が封鎖されていましたが、今は開通しています)。

新大橋通りを築地方面に歩いてください。
入船一丁目の交差点で右に曲がり、「アキレス」とある方向へ歩きます。
平成通りにある信号を渡ると、5軒隣りが当事務所のあるビルです。

私自身、裁判所のある霞ヶ関に行くときは、新富町駅(有楽町線)でも八丁堀駅(日比谷線)でも行けますが、どちらかいうと八丁堀駅を使うことが多いです。

理由は、
・八丁堀駅の方が地下が浅く、ホームまで行く時間が短くて済む。
・エレベータ(地上と改札階)が利用しやすい位置にあり、荷物が多いときも楽(ただ、改札階からホームへはエレベータなし)
・銀座駅で丸ノ内線への乗り換えが便利。特に地裁側ではなく、弁護士会や家裁側だと、日比谷線より丸ノ内線が便利。
・丸ノ内線は本数が多く、待ち時間が少ない。
などです。

ただ、所要時間は新富町駅からの方が少ないので、地裁に行くときで時間がぎりぎりの時は新富町駅を使います。

投稿者: 本山健法律事務所

2011.10.18更新

当事務所にご相談にいらっしゃる際に備え、最寄り駅から当事務所までのアクセスを記載します。
 
 当事務所は、
東京メトロ有楽町線 新富町駅
東京メトロ日比谷線 八丁堀駅
都営地下鉄浅草線 宝町駅
の3駅が最寄りとなりますが、どの駅からも徒歩5分程度です。
 

 有楽町線の新富町駅からですと、
3番出口から地上に出ます。
平成通りを新富町一丁目の交差点に向かって歩きます。途中、オレンジ色の「アキレス」という看板が見えます。
ローソンまで来たら、信号を渡ります。角に「青森の店」という店があります。
信号を渡りきったら、左に曲がり、5つ目くらいの黒っぽい外観のビルの7階が当事務所です。


 

投稿者: 本山健法律事務所

2011.10.12更新

震災時などにすべきことをする、してはならないことをしないためには、正確な情報を迅速に収集することが必要です。
そのためにどうすればよいか。

各自が考えなければならないことですが、私なりに考えたのは、スマートフォンなど携帯機器を中心とした情報収集です。
震災時にツイッターはつながった(機能した)ということが報道されました。スマホはツイッターを使うにはとても便利です。
また、ラジオも役だったということが言われましたが、スマホにはラジオアプリ(AM、FM)があります。

このようなことから、震災後、私はそれまでの携帯(フィーチャーフォン、ガラケー)から、スマホに代えました。
機種はドコモユーザーだったことと、ちょうど新機種が出たタイミングで、Xperia(arc)にしました。

また、もともと持っていたIpodにはFMラジオ機能がついています。

さらに、私のスマホにはワンセグ機能はありませんが、旧携帯はワンセグ機能があります。費用面からスマホとガラケーの2本持ちはできませんが、SIMカードを入れ替えれば旧携帯でワンセグが見れます。

非常時には、これらを活用して情報収集に生かそうと思っています。ツイッターも、ラジオも、ワンセグも、全部つながらないという可能性は低いでしょうから。

投稿者: 本山健法律事務所

2011.10.07更新

 「3.11」から学んだことは次のとおりです。

 まず、頭を守るべきだったことです。私はとっさに本棚を押さえてしまいましたが、危ないのは本棚だけでなく、窓ガラス、天井設置の照明などもあるからです。そのために、まず机の下にもぐるべきだったと思いますし、できればヘルメットなど頭を守るものを常備しておくのがよいのでしょう。
 他方、建物が崩れる可能性は高くないということが確認できたとも言えます。図らずも日本の建築技術の高さを実感することにもなりました。
 そうすると、建物の外に出るよりも、建物内にとどまる方が安全な場合が多いと一応はいうことができるでしょう。

 つぎに、自宅に帰り、再度事務所に戻ったのですが、今考えると空恐ろしい気がします。というのも、当事務所のある中央区新富は東京湾から近く、直下型地震のときは津波が来襲することも否定できません。実際、今回の地震でも当事務所から近い晴海では1.5メートルの津波が観測されています。私の場合、帰宅途中に河口付近の川を渡らなければなりませんが、今振り返ると自ら危険に近づいたという思いが拭えません。
 また、帰宅途中や再度事務所に向かうときに、建物やガラスが崩れたりするのに巻き込まれるおそれもあります。
 このような場合、現地にとどまって情報収集に努めるのがよいのだろうと思いました。

 また、事務員を帰宅させましたが、結局、事務員は自宅まで数時間をかけて歩いて帰る羽目になりました。電車は動いていないことが予想されるのですから、帰宅を指示するのでは不十分で、一時避難所などの情報を集め、そちらへ行くように指示すべきだったと思いました。
 家族との連絡は災害時の伝言ダイヤルを利用することが正しいと思います。

 当然にすべきことをする、してはならないことをしない。まずはこれが鉄則と思います。
 その上で、正確な情報を、確実、迅速にいかに収集するかということが大切と思いました。

 この場をお借りして、東日本大震災の被害に遭われ た皆様に心からお見舞いを、また、犠牲になられた方々に心から哀悼の意を表します。 

投稿者: 本山健法律事務所

2011.10.04更新

3.11から半年以上が経ちましたが、いまだにその衝撃は忘れられません。

私はそのとき、事務所でパソコンに向かって仕事をしていました。はじめ、少し揺れたなと感じ、一緒に仕事をしている事務員から、「地震です」と言われたその直後、激しい揺れに襲われました。事務員には頭を守るように言いながらも、自分はとっさにデスクの横にある本棚を押さえていました。本棚が倒れてきたら大変と思ったからですが、本棚は倒れなかったものの、あらゆる本やファイルが床に散乱してしまいました。
同時に、私の脳裏をよぎったのは多くの日本人が犠牲になったニュージーランドで倒壊したビルの残骸の映像でした。
「このビルが崩れるのではないか」、「早くビルから出た方がよいのでは」と思いました。
しかし、余震が続き、ビルから出ることはできませんでした。
携帯電話や固定電話で家族に連絡を取ろうとしましたが、通じませんでした。
手が震え、心臓の鼓動が早まっていたのを覚えています。

本震から30分くらい経った頃でしょうか。激しい余震が次第に収まり、事務員を帰宅させ、私も自宅へ向かいました。連絡の取れない家族が心配だったのです。幸い、事務所から何とか歩いていける距離でした。ようやく自宅に着き、家族の無事を確認し、私はまた事務所に戻りました。散乱した事務所を片付けようと思ったからです。余震が続く中作業を続け、夜までに終えました。

このような対応をしたのですが、今考えれば問題があったと思います。
「3.11」から学んだことを次の更新の時に書きたいと思います。

投稿者: 本山健法律事務所